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悩むことについて

私は先日、ある地元の中学校の契約が終了しました。素敵な取り組みをされてる先生もいました。 同じ英語科では、授業のオープニングに歌を歌う。毎月1曲ずつ。それとアクティビティーも 楽しかったです。少しゲームを取り入れ、みんなが生き生きして取り組む姿を目にしました。 素敵な先生だなと思いました。あと、この先生は前任校ではフォニックスを取り入れた授業を されていました。残念ながら,今の学校は管理的なので,これはできないのですが・・・。 でも逆境に負けずに頑張っています。陰ながら応援しています、これからもずっと。 あとは、私はフィリピン人の生徒さんの通訳で,国語の授業に入る事が出来ました. これは今後の活動にも大変勉強になり、感謝しています。国語の先生も素敵でした。 まだ大学を出たばかりというのですが,3学期の授業は感動させられる者がありました。 これは教材も良かったのかもしれませんが,生徒たちが『走れメロス』を読んで ちゃんとディスカッションが成立していたのです。喧嘩にもならず、偏る事もなく、 全員が参加する討論会。 中学生の読書会。まさにカワイイと言っても過言ではない読書会。 とっても楽しかったです。大人とは違う観点で太宰治の作品について 語る・・・。面白かったです。 色んな事を学んだ2年間。これからも頑張ります。苦しいときとか悩むときは、本当に辛いです。 でも、そうして成長できるんだなと本当に思えた2年間。悩む時苦しいけど,悪い事ばっかりじゃないな、そう考えれば、悩む事も悪くないかも。 今日は日本語で書いたけど,明日からまた英語の一人研修だから,英語モードに切り替えていきます。

本の出版♫

"We are very sorry that we will not publish your book unless your students pass super higher level of high schools with your book, or we could see your students'  prominent results"   Now, I'm wondering if I will follow the publishing company.  Honestly, my students are not as super perfect as machines.  I know it, passing super great high school, it can have something to do with your IQ, or you could be like a machine to memorise huge numbers of things.  My students are human beings.  They are satisfied with their results, their new high schools, which are never called super great high schools though.  But that is why I love them. They are really really human beings with warm hearts and dedication.  I will publish this book for such human kids.  去年の終わりに、フォニックスという英語の発音の本についての企画を出してみた。学校では教わらない『フォニックス」。絶対やるべきだと確信している。でも、学校では、いちいち発音を一つ一つ教えている時間などないのだ。でも、単語を一生懸命書いて覚えようとしている生徒を見て、気の毒になり、フォニックスをやれば、絶対、英語の面白さがわかるのにって思って、本を企画したの...

読書の力♫

今、今度やってくる新年度の事について考えている。今更遅い?って思っている人はいるかもしれないけど、これは仕方ない。特にこの2年間は色んな事を修正するために、丁稚奉公に出ていたから、時間、そして心にも余裕なぞなかった。 丁稚奉公も終盤戦に来て、今は時間に余裕が出て来た。時間に余裕ができると,心にも余裕が出てくる。でも、以前はそうじゃなかった。時間が出来ると、余計な事を考え、不安が募り、その不安を埋めようとするけれど,変な人とかものに引っかかって、空回りだった。 なんだけど、そんな中でも、唯一、知り合う人たちが読書家だったり、ついには大学の文学部にも編入して本の読み方を一から、そして専門的に学んだ。運良く、文学の巨匠・シェイクスピアのゼミに入る事が出来た。本当にラッキーだった。それからは読書会にも参加して、異業種、異世代の人たちと知り合い、道の本との出会いがあって面白い。 それでも、丁稚先は壮絶なもので・・・。1年目は短大のときの友人が偶然働いていたので,心強かったけど,2年目は異動になって、なんとか一人で乗り切らなくてはならなかった。大きな組織にもかかわらず、誰に相談したらよいか、相談するなんて、プロフェッショナルじゃないな、という雰囲気が漂い、「自分は本当に駄目な奴だ」と思わせる空気に包まれた1年間だった。ここの給料はよかった。が、だからといって、「これだけ貰っているから、精神的苦労も受けるべき」と考えてしまうのは違うのではないかと思い始めた。 私がしていた仕事は、専門職の分野だ。免許を取得し、それを保持している人だけがその職に就けるのだ。だから、給料はそこに支払われるのだと解釈していたのだけど・・・。 でも、不思議な事に、あれだけ悩んでいたのに、一旦そこを離れる事になると、次の事も考えなくてはならないし、もうあの悩みはどうでもよくなる。 昨日、読書会で、渡辺淳一氏の『光と陰』について語り合った。西南戦争で負傷した二人の兵士の話で、二人とも腕を切り落とさなくてはならなかった。切断する順番が大きく二人の人生を分けた。最初に切断された兵士の方は腕がなくなり、不便を感じ、それに加えて不幸続き、もう一人は膿に悩まされたが、腕を完全切断せず、器具をつける事で難を乗り切って、その後、順調に出世していく。なぜ、最初に手術した方は、なぜ最初に自分が切断される...

『トラと三毛』

猫ブームに乗っ取り書いてみた。 僕は今、「動物愛護センター」で働いている。これもその2匹の子猫のことが忘れられなくて、始めたのだ。2匹の子猫とは、僕が小学校1年のときに偶然、公園で拾って来た子猫だった。今でも覚えているけれど、猫たちは段ボールに入れられて、「ミューミュー」と壊れそうな声で泣いていた。もちろん、その声も今でもしっかり覚えている。雨が降り始め、何だか2匹の子猫が可哀想で、可哀想で、どうしようもなくなってしまった。僕も一緒に泣きたくなるくらいだった。そして、とうとう段ボールごと抱えて家に持って帰ったのだ。 当時、僕の住んでいた家は、4 LDK のマンションで、動物を飼うことは禁止されていた。だから、こっそり、そぉ〜っと自分の部屋に持っていった。学校へ行くときは、段ボールを押し入れに入れて、「泣くんじゃないぞ。泣いたらおしまいだぞ」と猫たちに言い聞かせて、家を出た。僕は二匹にそれぞれ名前を付けた。雄のトラ猫は「トラ」。メスの三毛猫の方は「三毛」。全くそのままだけど、その名前が気に入っていた。二匹の餌は、給食で出たソーセージとか、家の台所へそぉ〜っと侵入して冷蔵庫から取って来た小魚や牛乳だった。いつも見ているテレビ番組も見ないで、夕食を食べたら、「今日は宿題がたくさん出てるから、やらなくちゃ!」と言いながら、さっさと自分の部屋へ行った。宿題なんて、もちろん、嘘。僕は、晩のひと時をトラと三毛と過ごしていたのだ。 でも、やっぱり上手く行かなかった。母に見つかってしまった。 「ケンちゃん、うちでは猫は飼えないのよ。元の場所に置いて来なさい。かわいそうだけど、仕方ないじゃないの」と母は言った。 僕は、思いっきり泣いた。大きな声で、「嫌だ!嫌だ!」と言ったけれど、それは無駄だった。最後に父が「捨ててこい!」と、割れんばかりの声を張り上げた。 僕の顔は泣きじゃくってぐちゃぐちゃだった。それでも、仕方なく、段ボールに子猫を入れたまま、公園に置いていくのだった。 「ミュウ、ミュウ、ミュウ、ミュウ、ミュウ、ミュウ、ミュウ・・・」 子猫たちは小さな体を震わせながら、一生懸命に声を出して泣いた。そこへ雨が降り出した。ちょうと僕が子猫たちをこの公園で拾って来た日と同じように。僕は、もうこの子猫たちとどこかへ行ってしまいたいと思っ...

ライティングコース

去年の春から夏にかけてNYのライティング教室に通った。と言っても,NYにいたわけじゃなくて、オンラインで受講していた。すごくいい勉強になった。よく欧米では学校を卒業するのが大変とか、宿題の量が半端じゃないって聞いてたけど,そんな感じのことを味わった。 週1で課題が出される。でも、その前に講義のテキストを読み内容を学習する。そのあと、宿題提出。コースは全部で10週間。その間には宿題以外にプロジェクト作成があって、その中間報告もし、クラスメートと先生からのコメントをもらう。そして、最終的にプロジェクトを完成させる。仕事をしながらの勉強は、本当に大変。でも、頑張った。 切羽詰まって何かを必死にこなした結果、修了証もいただき,とりあえず、履歴書には書けるようになった。ついで、ちゃんと実力がついていることにも気づいた。これは凄い。最近は、New York Timesが読めるようになって来た。そうなると、凄く楽しい。そして、New York Timesという新聞は、凄く内容も書き方も魅了されてしまう。凄い。 さらに、以前はモヤモヤと過ごし、ゴシップ系のウエブサイトやテレビをぼんやり見てしまい、時間を無駄にしていたのが,最近では、New York Timesや他、本を読むのが楽しくなって来た。これも凄い。 残念ながら,2月に復活しようとしてたライティングコースはすでに満員となっていて、入れなかったけど,3月は入ってしまおうと思ってる。今度は、Screen Writingに挑戦しようと思っている。 今日は疲れてて、母国語である日本語で書いてるけど,今度ブログを書くときはまた英語で書いてみるつもり。 ではまた。

やっぱりすごいな♫

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本日、終了しました、『門』(夏目漱石)。かなり大人の読書だった。夏目漱石の作品は、「三角関係」がテーマとされている作品が多くて,今回もそのうちの一つだった。これを指して「かなり大人の読書」と呼んでいるのだけど・・・。 高校2年のときに、教科書に『こころ』が掲載されていて、現代国語の時間に読み、それがテストにも出されていた。でも、最も悲劇でリアルな場面は省略され、物語は中途半端な状態で教科書に記載されていた。続きがやけに気になり、テスト前日に読み始めたら,止まらなくなり、夜中の2時まで読みふけってしまった。 すごく衝撃的な話だった。刺激が強すぎて、その後、どんな本を読んでも頭に入らないほどだった。 あれから数十年が経ち、再び夏目作品を読むと、今度は違った衝撃を受けた。単なる刺激じゃないことは確かで、むしろ時代背景に興味を持ったり、主人公の気持ちがわかる気がするし、ちょっと余裕を持って読書が出来るようになっている。 正直、今回読んだ『門』は、読み初めから半分ぐらいまでは「退屈」だった。話の展開があまりなく、刺激に乏しいという感じがした。 だけど、半分を過ぎたところで,宗助と御米に秘められた話に入り、それは通常の夏目ワールドで、大体予想がつく展開のはずだけれど、ついつい漱石氏の文章のマジックに取り憑かれてしまい、一気に後半部分まで読んでしまったのだ。 はっきり言って、自分で自分に驚いてしまった。こんなに一気に読んでしまうなんて。しかも、1時間足らずで。やっぱり漱石氏はすごい!今さらと言うのもだし、当たり前だけど、すごい! そして、今日、完読した。ほんと、すごい。何だか充実感で一杯♫ いい日だった。

short trip to Yokohama & Tokyo

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A film written & directed by John Willams made me short trip to Yokohama. The tittle is "Ichiban Utsukushii Natsu". I had no knowledge about the story till I watched it. The story, however, was about the girl in Nagoya, which I live in right now.  I have seen John's work "Sado Tempest" before, of which theme is different, but both of the films caught my heart.  In this time, "Ichiban Utsukushii Natsu", which reminds me of my chanoyu master. I wasn't like the main character Naomi in terms of public morals (I never smoked or drank), but I was struggling with what I really wanted to do when I was in a junior high. I think I might have been kind of loneliness. This may be shared with Naomi. In the film, Naomi is getting to share her loneliness and even secret with an old lady Ms. Koide. The scenery of country side is also beautiful but not only that, the human touched story is more beautiful. This poignant movie, I absolutley recomend you...